シュガー・ハイ

甘味や糖質との出逢いを記録します。

【正月】花びら餅(一幸庵/茗荷谷)

正月のお菓子といえば、花びら餅である。
ここ数年、世間ではガレット・デ・ロワの台頭めざましいが、私はやはり花びら餅なくして新年は迎えられぬと思うのだ。*1


花びら餅は正確には葩餅と書く。歴史は古く、起源は平安時代にまでさかのぼる。
裏千家の初釜にも古くから用いられており、花びら餅の元祖である「川端道喜」という老舗和菓子店のものが供されるそうだ。
「川端道喜 花びら餅」で画像検索してみると半熟の目玉焼きのような、あんがとろりと流れ出している写真がでてきて、非常に強く心惹かれるが、在東京の一般人が思いついて買えるものではないらしく、こちらについては今後の課題としたい。
なんでも事前に予約して試作品の「試餅(こころみのもち)」をわけていただく、という形らしく、お値段はなんと1ヶ1500円ほどだそうだ。
京都の老舗ってすごい。


川端道喜の花びら餅「御菱葩」と一般に出回っているものでは、餡のテクスチャにこそ違いがあるものの、その構成要素は同じである。
すなわちごぼう白味噌のあん、桃色の餅とそれらを包む求肥(餅)の4つだ。
白いヴェールのような求肥から薄く桃色や黄色の餡がぼんやり淡く透けて見える、シンプルながら美しいたたずまいの菓子である。
決して激しい美味というわけではないものの、ほわんと幸福感のある味と見た目に私はどうしても心惹かれてしまうのだ。
ここ数年は行きつけの和菓子屋で購入していたが、調べているうちにどうやら店によって味が結構違うらしいことがわかり、今年は新しい店にトライすることにした。個人的に和菓子はいまひとつ自信がないジャンルなので、開拓の意味も込め。


今回のお店:和菓子調進所 一幸庵

一幸庵

食べログ 一幸庵


最寄駅は丸ノ内線茗荷谷である。評判がよく前々から気になってはいたお店だが、足を運ぶのは初めてだ。
1月1日はよく晴れており、駅前の通りをはさむ高いビルが濃い影を落としていた。
閑散とした道を5分ほどゆき、大きな通りから少しだけ入った場所に店はあった。
入り口は少し奥まっていて、ここに和菓子屋があると知らなければ気づくのはなかなか難しいだろう。
ガラス戸をのぞくと、店内は先客で賑わっていた。
元日の昼ごろにこの混みよう、自然と 期待が膨らむ。
店に入り接客を待つ間、入口すぐに見本として用意されている8種ほどの正月の和菓子とその説明を眺めた。
小さな札に名前だけではなく、「練りきり」などの種類も書かれているのは親切だし、お店のこだわりを感じうれしい。*2
細かな字を読んでいると、なんと、獺祭の錦玉羹があるではないか。
獺祭といえば、奇遇にも年末からちまちまと大切に楽しみつつ、スパークリングや酒粕にも手を出していたところだ。
日本酒の錦玉羹、それも獺祭のとは、いったいどんな味がするのだろうか。
よし、これも買おう。心に決めたところで順番がきた。

先ほどは他の客で見えなかったが、接客のためのカウンターにもケースがあり、そこにも本日のラインナップの見本が並べられていた。
しかしそこで目に飛び込んできたのは、「予約完売」の文字。
ああ無情、錦玉羹ともう一つ、干支モチーフのお菓子が売り切れだった。
つらい。皆考えることは同じである。午前中にのぞいたデパートの初売りの行列が脳裏によみがえる。
仕方がないので、当初の目的だった花びら餅と、愛らしい桃色の花を模し、銀箔をひとかけらあしらった練りきりをひとつずつにした。
またもビジュアル重視チョイスをしてしまいなんとなく敗北感を感じつつ、家路についた。
あのときは動揺しすぎて思いつかなかったが、錦玉羹は来年また出るのかどうか、予約はいつからか聞けばよかった。


夕食の後に紙箱を開けると、花びら餅の由来について書かれた三つ折りの紙が入っている。*3
それによれば、花びら餅が現在の形になったのは明治からで、牛蒡は押し鮎の代わりなんだとか。
この種の紙にはいろいろなパターンがあるが、これは花びら餅(紙によれば正しくは菱葩餅)のひととおりの来歴がわかる内容で、一読の価値が大いにあると思う。

一幸庵の花びら餅は白が濃く比較的ぴんとした形をしていて、一見硬めの餅に見えるが、持ち上げるとあまりの柔らかさに驚く。
ならば粘りが強いのかと思いきや、意外にもすんなりと切れた。口に入れると、今まで和菓子で感じたことのない食感だ。
さながらマシュマロのようで、しかしもっと柔らかくすぐに溶けてしまう。
まず食感の驚きがあり、ついで餅と一体になった味噌餡のほのかな塩味を感じる。
全体的には思いのほかしっかりと甘く、これはお茶のためのお菓子なのだなと改めて思う。
緑茶で物足りる味ではなく、このために抹茶を用意しなかったことが悔やまれた。
食べすすめると、ほとんど手ごたえのない中で柔らかく煮られた牛蒡がわずかにその存在を主張し、絶妙なバランスを構成している。
甘みと薄い塩気でつかみどころのない味と、柔らかすぎるほどに柔らかな餅という初めての組み合わせに当惑しつつも、なんともいえぬめでたさのようなものを感じていた。初日の出にかかる浮き雲を食べている心地だ。
「なんだかよくわからないがとにかくめでたい」なんて、日本の正月そのものではないか。
やはりこんなに正月らしいお菓子はないと思う。
そればかりか、正月という非日常のありがたみも、花びら餅の味を構成する要素なのかもしれない。


一緒に買った練りきりもよい内容で、一幸庵の底知れぬ実力を垣間見たような気がした。
また別の折にもぜひ伺いたいと思う。次回は、わらび餅で。
今年もよいお店や、よいお菓子との出逢いがあることを願う。

*1:かといってガレット・デ・ロワはいらぬとなるはずもなく、摂取カロリーの増大は不可避である。ぱりぱりのパイと濃厚なクレーム・ダマンド、そしてかわいらしいフェーブ、なんと素晴らしい。

*2:もっとも半分くらいしかわからなかったのだが。和菓子を買うときはどうしてもビジュアル重視になりがちなので、いまいちど製法と種類について学ぶべきだと思った。

*3:私はこれが好きで、「蘊蓄紙(うんちくがみ)」と呼んでいる。必ず食べる前に読む。